前回、ナオミさんが撃たれ、
今回は主人公が覚醒する回でございます。
109:
「テメぇら…テメぇらぁ!」
リエが血の海の中に倒れ、嘘のように静かになった倉庫にキミの獣
じみた喚き声だけが響いた。自動小銃を構えた男たちも呆気に取ら
れ、荷の陰から飛び出したキミを見守るだけだった。
キミはリエを襲った男のいる荷の上に飛び乗った。腹這いになって
いた男が必死でキミに銃を向ける。突き飛ばされた銃身を掴んで奪
い取ったキミは、そのまま銃床を跳ね上げた。FRP製の銃床に顎を
砕かれ、男は悲鳴を上げながら仰け反った。小銃をクルリと回し、
仰け反った瞬間の男に向けてトリガーを引く。至近距離から小口径
高速弾をフルオートで叩き込まれた男は、まるでトラックと衝突し
たように宙を飛び、頭から荷の下の床に落ちて行った。
手に伝わる小銃のリコイルと肉の裂ける音とがキミにはこの上なく
心地よいモノに感じられた。
−オレは…どうしちまったんだ?−
キミの中で何かが目覚め始めている。キミは荷から飛び降り、姿勢
を低くして走った。
「撃て!逃がすな!」
しかし、野獣のような動きで陰から陰へ走るキミを狙った銃弾は、
虚しくコンクリの床を削った。ナオミのことは既に意識にない。キ
ミの体を支配した何かは、更なる破壊を欲して止まない。
−そうか…思い出した、思い出したぞ−
銃を使わず所々に潜んだ男を素手で倒しながらキミはシャッターに
向かっていた。このゲリラ的な攻撃にT・Tは完全に混乱させられて
いた。
「ビビるな!相手はひとりだ!」
シャッターの横で檄を飛ばしていた指揮官らしき男は、十数m先の
空のコンテナの陰から飛び出して来たキミを見て、悲鳴に近い声を
上げた。
「ここだ!撃てぇ!」
走りながら、腰だめにした小銃を乱射する。アッという間に弾が切
れたが、パニックに陥った部下の誤射に包まれ、指揮官は悶絶した。
銃声と悲鳴に満ちた倉庫から逃げ出して路地を走りながら、キミは
破壊の快楽に酔い痴れた体が興奮から醒めて行くのを感じた。
・思い出したぞ…オレはヘルメスだ。パンドラの箱を持つ:088
088:
ヘルメス。
ギリシャ神話において、人間から誇りを奪うべくパンドラを創造し
た神々の一柱である。彼はパンドラに好奇心と、そして、この世の
ありとあらゆる悪の詰まった箱を与えた。これが“パンドラの箱”
である。そして、その神の名がこの任務に際して連邦情報部特殊任
務班のひとりであるキミに与えられたコードネームだった。
と同時に、ヘルメスはこの任務遂行中のキミの名前−命令に従って
どんな汚い仕事でも、人格を殺したロボットになり、こなすことを
要求され続けたキミに取って、本当の名前などというモノは意味を
なさない。とうの昔に忘れたそれに代わり、任務の度に与えられる
コードネームでキミは呼ばれる。
ヘルメスに与えられた任務は、連邦上層部に潜むエゥーゴ分子のリ
スト−パンドラを、アクシズから受け取って連邦に持ち帰ることで
あった。
エゥーゴのジャブロー侵攻と時を同じくして、それまでエゥーゴ創
設を陰で支援して来た一部の連邦政府高官たちは、エゥーゴ支持を
公に宣言し、連邦政府と訣別した。
しかし、その際にエゥーゴでありながら連邦政府に高官として残っ
た者がいるという。彼らはその立場を利用し、連邦の高度な機密を
エゥーゴ側に漏らすことを目的としていたのだ。
連邦がこの事態に気づき、対応に苦慮していた時、背信者リストの
提供を持ちかけて来たのがアクシズであった。当時、アクシズは7
年間の孤立による軍事技術の遅れ、要塞アクシズという巨大な人工
環境保全の行き詰まりといった技術的困難を抱え、連邦の新しい技
術を欲したのである。
連邦はこの提案に飛びつき、数種の技術供与と引き替えにリストを
買い取ることを決定した。ことがことだけにこの取り引きは極秘で
進められることになり、リストには“パンドラ”なるコードネーム
が与えられ、情報部特殊任務班のキミが派遣された。
しかし、キミの任務は困難を極めた。ティターンズとエゥーゴの抗
争の激化に伴うアクシズの態度の硬化−独力で地球圏を支配するこ
とが可能と判断したアクシズは、“連邦からの技術供与”という屈
辱の証拠を抹殺しようと、リストを持って地球に向かうキミの妨害
に出たのである。
スパイ小説さながらの活劇を演じつつ、月やサイドをアクシズの工
作員から逃げ回る内に戦局は進展して行った。
何とか連邦の艦と接触し、大気圏突入用の連絡艇に乗り込み、一路
地球を目指したキミは、サイド6付近の空域で所属不明のモビルスー
ツ群に襲われた。航行不能となった艇はサイド6のジャンク屋に拾
われ、キミは何とか生き延びた。
−そして、今オレはサイド6にいる−
公園のベンチに腰かけたキミは、白み始めた空を見上げ、甦った記
憶を噛み締めていた。
キミはジャンク屋に拾われた時のことを思い出そうとした。
生命維持機能まで低下したコクピットの中で意識を失いかけていた
時、キャノピーの外をプチモビがスウッと流れて行った。牽引フッ
クが艇を捕らえる衝撃を感じ、そして…。
意識を取り戻した時には、サイド6の中にいた。薄暗い部屋でベッ
ドに寝かされたキミを2人の男が尋問した。パンドラはどこだ、と。
彼らはアクシズではなかった。サイド6の行政委員会に雇われたゴ
ロツキだったのである。どこからかパンドラの情報を入手した行政
委員会は、ティターンズやエゥーゴの助力が期待できなくなった今、
独力でサイドの主権を守るためにパンドラを欲しがっていたのだ。
アクシズが抹殺しようと躍起になっているパンドラ−これを使えば、
分遣艦隊を以ってサイド6を制圧しようとして来るアクシズから譲
歩を引き出すことも可能だろう。
連絡艇を襲ったモビルスーツ群もサイド6が雇ったモノだったのか
も知れない。そう言えば型が少し古かったようだ。
そこから脱出することに成功したキミは、サイド6の中をアクシズ
と行政委員会から逃げ回る内に、大きな傷を負ってしまった。半死
半生のキミは、それから…傷のために意識が混濁していたのか、そ
れから先がなかなか思い出せない。
・ヴァロージャという名前を聞いたことがある:074
・ない:142
ヴァロージャはナオミの元恋人で、リエのお兄さんでしたね。
で、主人公の所属と目的が判りましたね。
ちゅーとこで、次回に続きます。
今回は主人公が覚醒する回でございます。
109:
「テメぇら…テメぇらぁ!」
リエが血の海の中に倒れ、嘘のように静かになった倉庫にキミの獣
じみた喚き声だけが響いた。自動小銃を構えた男たちも呆気に取ら
れ、荷の陰から飛び出したキミを見守るだけだった。
キミはリエを襲った男のいる荷の上に飛び乗った。腹這いになって
いた男が必死でキミに銃を向ける。突き飛ばされた銃身を掴んで奪
い取ったキミは、そのまま銃床を跳ね上げた。FRP製の銃床に顎を
砕かれ、男は悲鳴を上げながら仰け反った。小銃をクルリと回し、
仰け反った瞬間の男に向けてトリガーを引く。至近距離から小口径
高速弾をフルオートで叩き込まれた男は、まるでトラックと衝突し
たように宙を飛び、頭から荷の下の床に落ちて行った。
手に伝わる小銃のリコイルと肉の裂ける音とがキミにはこの上なく
心地よいモノに感じられた。
−オレは…どうしちまったんだ?−
キミの中で何かが目覚め始めている。キミは荷から飛び降り、姿勢
を低くして走った。
「撃て!逃がすな!」
しかし、野獣のような動きで陰から陰へ走るキミを狙った銃弾は、
虚しくコンクリの床を削った。ナオミのことは既に意識にない。キ
ミの体を支配した何かは、更なる破壊を欲して止まない。
−そうか…思い出した、思い出したぞ−
銃を使わず所々に潜んだ男を素手で倒しながらキミはシャッターに
向かっていた。このゲリラ的な攻撃にT・Tは完全に混乱させられて
いた。
「ビビるな!相手はひとりだ!」
シャッターの横で檄を飛ばしていた指揮官らしき男は、十数m先の
空のコンテナの陰から飛び出して来たキミを見て、悲鳴に近い声を
上げた。
「ここだ!撃てぇ!」
走りながら、腰だめにした小銃を乱射する。アッという間に弾が切
れたが、パニックに陥った部下の誤射に包まれ、指揮官は悶絶した。
銃声と悲鳴に満ちた倉庫から逃げ出して路地を走りながら、キミは
破壊の快楽に酔い痴れた体が興奮から醒めて行くのを感じた。
・思い出したぞ…オレはヘルメスだ。パンドラの箱を持つ:088
088:
ヘルメス。
ギリシャ神話において、人間から誇りを奪うべくパンドラを創造し
た神々の一柱である。彼はパンドラに好奇心と、そして、この世の
ありとあらゆる悪の詰まった箱を与えた。これが“パンドラの箱”
である。そして、その神の名がこの任務に際して連邦情報部特殊任
務班のひとりであるキミに与えられたコードネームだった。
と同時に、ヘルメスはこの任務遂行中のキミの名前−命令に従って
どんな汚い仕事でも、人格を殺したロボットになり、こなすことを
要求され続けたキミに取って、本当の名前などというモノは意味を
なさない。とうの昔に忘れたそれに代わり、任務の度に与えられる
コードネームでキミは呼ばれる。
ヘルメスに与えられた任務は、連邦上層部に潜むエゥーゴ分子のリ
スト−パンドラを、アクシズから受け取って連邦に持ち帰ることで
あった。
エゥーゴのジャブロー侵攻と時を同じくして、それまでエゥーゴ創
設を陰で支援して来た一部の連邦政府高官たちは、エゥーゴ支持を
公に宣言し、連邦政府と訣別した。
しかし、その際にエゥーゴでありながら連邦政府に高官として残っ
た者がいるという。彼らはその立場を利用し、連邦の高度な機密を
エゥーゴ側に漏らすことを目的としていたのだ。
連邦がこの事態に気づき、対応に苦慮していた時、背信者リストの
提供を持ちかけて来たのがアクシズであった。当時、アクシズは7
年間の孤立による軍事技術の遅れ、要塞アクシズという巨大な人工
環境保全の行き詰まりといった技術的困難を抱え、連邦の新しい技
術を欲したのである。
連邦はこの提案に飛びつき、数種の技術供与と引き替えにリストを
買い取ることを決定した。ことがことだけにこの取り引きは極秘で
進められることになり、リストには“パンドラ”なるコードネーム
が与えられ、情報部特殊任務班のキミが派遣された。
しかし、キミの任務は困難を極めた。ティターンズとエゥーゴの抗
争の激化に伴うアクシズの態度の硬化−独力で地球圏を支配するこ
とが可能と判断したアクシズは、“連邦からの技術供与”という屈
辱の証拠を抹殺しようと、リストを持って地球に向かうキミの妨害
に出たのである。
スパイ小説さながらの活劇を演じつつ、月やサイドをアクシズの工
作員から逃げ回る内に戦局は進展して行った。
何とか連邦の艦と接触し、大気圏突入用の連絡艇に乗り込み、一路
地球を目指したキミは、サイド6付近の空域で所属不明のモビルスー
ツ群に襲われた。航行不能となった艇はサイド6のジャンク屋に拾
われ、キミは何とか生き延びた。
−そして、今オレはサイド6にいる−
公園のベンチに腰かけたキミは、白み始めた空を見上げ、甦った記
憶を噛み締めていた。
キミはジャンク屋に拾われた時のことを思い出そうとした。
生命維持機能まで低下したコクピットの中で意識を失いかけていた
時、キャノピーの外をプチモビがスウッと流れて行った。牽引フッ
クが艇を捕らえる衝撃を感じ、そして…。
意識を取り戻した時には、サイド6の中にいた。薄暗い部屋でベッ
ドに寝かされたキミを2人の男が尋問した。パンドラはどこだ、と。
彼らはアクシズではなかった。サイド6の行政委員会に雇われたゴ
ロツキだったのである。どこからかパンドラの情報を入手した行政
委員会は、ティターンズやエゥーゴの助力が期待できなくなった今、
独力でサイドの主権を守るためにパンドラを欲しがっていたのだ。
アクシズが抹殺しようと躍起になっているパンドラ−これを使えば、
分遣艦隊を以ってサイド6を制圧しようとして来るアクシズから譲
歩を引き出すことも可能だろう。
連絡艇を襲ったモビルスーツ群もサイド6が雇ったモノだったのか
も知れない。そう言えば型が少し古かったようだ。
そこから脱出することに成功したキミは、サイド6の中をアクシズ
と行政委員会から逃げ回る内に、大きな傷を負ってしまった。半死
半生のキミは、それから…傷のために意識が混濁していたのか、そ
れから先がなかなか思い出せない。
・ヴァロージャという名前を聞いたことがある:074
・ない:142
ヴァロージャはナオミの元恋人で、リエのお兄さんでしたね。
で、主人公の所属と目的が判りましたね。
ちゅーとこで、次回に続きます。